
陸奥宗光むつむねみつ
- 時 代
- 江戸~明治時代
- 出身地
- 紀伊藩(和歌山県)
坂本龍馬の海援隊に加わる。一度は明治政府を去るが、伊藤博文に認められて復帰し、1892年、外務大臣になる。1894年には、イギリスとの不平等条約の改正に成功する。
にげるのも才能のうち

まんがは、一部おおげさな表現になっているよ。
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にげ足の速かった宗光
江戸に出てきた15才の宗光は、桂小五郎(木戸孝允)や伊藤博文、板垣退助らと知り合いになりました。しかし、宗光は体が弱くたいへんやせていたため、みんなから「剣術を習っても、体力がないから人には勝てない。もっと体を強くしなさい。」と言われました。しかし、宗光は、「わたしは最初から剣術で勝とうとは思いません。けんかをすれば負けるので、にげることだけを考えています。ですから、毎日人ごみの中でにげる練習をしていますよ。」と笑って言ったといわれています。